夫婦別姓という名の「家族解体」運動

「夫婦別姓」や、国際結婚による出生児の国籍選択条項の緩和など、家族を解体する勢力の野望はとどまることを知らない。

 

「夫婦別姓訴訟、原告側請求を棄却 「別姓は憲法上保障されているとはいえない」東京地裁」(産経ニュース)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130529/trl13052911460001-n1.htm

 

法律上においても事実上においても、出自の異なる男女が「家族」をつくり・国家に対して崇高な義務を負うという神聖な営為よりも、そこにいたる手続の煩雑さを嫌って法律婚の枠に入ることを拒否することのほうを大切にするのだから、事実婚が許されている日本において、これらの人たちを法的に保護する必要性はみじんもない。「夫婦別姓は憲法違反だ」という訴えをしりぞけた地裁判決は妥当だ(備考)。

 

(備考)ただし、「人格権」をいうなど、裁判長の思想信条について、問題なしとしない。

 

夫婦別姓運動がもたらす禍毒について、中川八洋・筑波大学名誉教授は明瞭に洞察していう。


《「夫婦別姓」も、単に女性が家族から「解放」されることであるとか、職場での旧姓通称が法的に正当化されることなどと安易に考える人が多く、それを認めても何ら問題は生じないと誤解している。ところが、「夫婦別姓」運動の狙いは、夫と妻の間の愛と倫理の絆も、親子間の血縁的な精神的絆も限りなく切断し、これらそれぞれを相互に独立的な「個」とすることを目的としたものであろう。仮にそうだとすれば、家族というものを破壊し日本から家族を一掃する恐ろしい革命運動である。夫婦と親子からなる家族という社会の最小共同体(「中間組織」)を存在させない、バラバラの「個」がむき出しのままに国家権力にさらされる社会の創造を目的としている。現代の巨大社会にあって血縁的紐帯なしに「個」となった一般の人間が、「自己」を維持することなど不可能なことである。必ず「自己疎外」が昂進し自己を喪失していく。》

(『国が亡びる』84~85頁より引用)

 

国籍条項の緩和についても同様のトラップ(“罠”)が仕掛けられていることもまた、見逃してはならないだろう。

 

《国家の歴史や伝統から「解放」されて、国民から「非国民」への人格の転換は、非国民のことを「地球市民」と称して、いかにファッション性の高い服を着せて表現しようとも地球に流浪する「国際版ホームレス」にほかならないから、「非国民」に転換された日本人の人格は一世代も経れば自己破壊をおこして人格の維持が困難となる。人間とは、国民でないとすれば、その国家・民族に伝わる祖先からの歴史や伝統そして慣習の連続性をもちえないから、健全な人間性が育まれることは万が一にもない。その故に、「地球市民」となった日本人は、世界の現実にもその動きにもいっさいの関心すらもたないニヒリズム的な人格の持ち主になるだろう。》

(前掲書、84頁より引用)

 

「夫婦別姓」が〔日本国〕憲法上保障された「基本的人権」にあたると強弁する人たちは、“人権”(=生命の保障)なるものが国家の庇護という具体的な形をとらなければこの世に存在しえない(備考)ことには口をつぐむ(1)。いっぽう、家族の絆、伝統と慣習の恩恵の中でしか人間が人格を形成しえず、生命生活の安寧がないことを忘却せしめる(2)、という二重のあやまりに陥っている。

 

(備考)これは、人権なるものが“人類に普遍的な価値”などでは毛頭なく、国家による国民の庇護という個別具体的な価値にもとづく恩典であることを意味している。

 

(1)は、たとえば海外旅行に行くとしても、国民としての表示がなく生命が保障されないという事実に照らしても明らかである。もし人権屋が国家の枠組みをこえた“人権”を仮構するのならば、海外でパスポートや査証(ヴィザ)を放棄してみればよい。地球の中心で“基本的人権”を叫んだところで、生命は守られないことは、常識的に考えればわかる。

 

(2)についても、「中間組織」としての家族や階級等の存在によって、中間組織内における構成員の生命財産を保障する暗黙の了解事項が徹底され、道徳という“鉄の掟”への遵法精神が形成されていく。もし組織が自己規範・自己犠牲の精神に満ち満ちていなければ、たとえば消防士や警察官、自衛隊といった自己犠牲を前提としてなりたっている聖業もまた存在しえず、国家も国民も、この世から消えてなくなる。これもまた常識であろう。

 

小さくは言葉遣いや身の処し方から、上下・尊卑関係の規定、違反者への制裁、自己犠牲の美徳にいたるまで、伝統・慣習なしには形成・保持されえない。小さな範囲であっても、ルールを守らない無法者の存在によって、秩序が乱れていくではないか(備考)。いわんや個人主義の名のもとに崇高な義務を放棄し、中間組織を破壊することは、数世代を経ずとも、個人を殺し、家族を解体し、国家を破壊することになる。

 

(備考)日々世間をにぎわしている国内ニュースの過半は、ルール破りによる秩序破壊が原因となっている。

 

健全な家族は社会基盤でもある。その家族を解体する足がかりとしての夫婦別姓運動は、明白な国家転覆活動だ。断固としてNo!を突きつけ続けなければならない。これは国民の崇高な義務である。